卒業生リレーエッセイ

好奇心を持って社会へ・世界へ -国際13期生 中村萌さん【卒業生リレーエッセイ(A-16)】

りささんからバトンをもらいました、国際13期生の中村です。
なかなか筆が進まず間が空いてしまいましたが、私も学生生活を振り返りつつ今の自分を見つめてみようと思います。

私はもともと宗教紛争について研究したいという思いがあって国際文化学科を志望しました。しかし、入学後に宗教に関する勉強会に参加するうち、宗教紛争を取り巻く様々な事象を知りました。
小さかった窓から身を乗り出して降り立った世界は思いのほか広く大きく、私の興味関心は一気に拡がっていきました。
りささんと同じく立ち上げに関わった戦争博物館英語版パンフレット作成ボランティアの顧問をされていたのが平田先生で、好きなことをやればいいよと、確か、そう言われたのがきっかけで平田ゼミに入りました。

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ご縁に感謝 -国際11期生 角田(旧姓:山本)梨紗さん【卒業生リレーエッセイ(A-15)】

佐々木さんから「近況が気になる人」の一人としてバトンを受け取りました、国際文化学科11期生の角田梨紗(旧姓:山本)です。
私は今、栃木県に住んでいます。
なぜ岐阜出身の私が、栃木にいるのか・・・?
この場をお借りして、大学生活や卒業後のあゆみを振り返りながら、近況報告させて頂きます。

まず、大学生生活について。
学業の方では平田ゼミに参加し、積極的に研究発表や卒論に取り組みました。
また、市大祭実行委員として学生生活の半分以上を市大祭の準備に費やしたり、平和活動を目的とした学生団体『PATH』の創設時メンバーとして平和資料館「ピースあいち」の英語版パンフレット作成に携わったりと、学業もプライベートも大変充実した4年間でした。

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じんわり前を向く -国際11期生 佐々木みきさん【卒業生リレーエッセイ(A-14)】

あっきーさん、お疲れ様でした!富士山の雲海、見事ですね。
続きまして、国際文化学科11期生の佐々木みきがお送りします。

 私は何度か転職し、今は東京で機械専門商社の営業事務をしています。
アメリカの親会社を始めとする世界各国の製造拠点から製品を輸入し、主に自動車メーカーに販売する会社です。

 新卒で入った会社を10か月で辞めてしまったのは、不十分な業界研究と、仕事に対する姿勢の甘さが原因でした。
すっかり落ち込んで、思うような仕事にも就けず情けない気持ちを抱える日々の中、今の会社の名古屋支店で派遣社員として働き始めました。
業界内で一定のシェアを保ちつつ、アジアなどへの進出も図っていく様子は、これまでの職場の中で最も推進力があり、前向きな雰囲気が大変好印象でした。
こういった環境での就業はとてもいい経験だと思っていた契約期間終了間近で、なんと運良く本社勤務のチャンスを頂きました。
正社員リベンジ!と息巻いて上京し、今夏で2年が過ぎました。

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社会人になって感じていること -国際10期生 秋山吉子さん【卒業生リレーエッセイ(A-13)】

清水愛さんからバトンを受け取りました、国際文化学科10期生の秋山吉子です。

勉強、遊び、そして何よりも(?)励んだサークル活動のおかげで、大学生活の4年間はあっという間に過ぎ去っていきました。 卒業してから早7年。 新卒で入社させていただいたIT企業で今もシステムエンジニアとして働いています。

ものづくりに関わりたいと思い、「システム開発もものづくり」という理由でこの職業を選びました。 学生の頃は、一日中パソコンに向かってひたすら開発し続ける日々を想像していました。
リクルーターとして接する今の学生さんからも同じような質問をいただきます。 しかし実際は、どういった仕組みを開発するかを考え、ユーザ様やチームメンバーと話し合っている時間の方が多いし重要であるということがわかりました。

①ユーザ様の業務を理解する、
②現状起きている課題を解決するために最適なシステムを考える、
③効率よく開発する

という3つのポイントを常に意識して、今は毎日を過ごしています。

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アフリカと出会った大学生活 -国際10期生 清水(旧姓:小笠原)愛さん【卒業生リレーエッセイ(A-12)】

浅野さんよりバトンを受けとりました、国際文化学科10期生の清水愛(旧姓:小笠原)です。
昨年11月に二人目の子供を出産した今は育児休暇中ですが、大学卒業後、私は横浜でシステムエンジニアをしています。
国際文化学科からシステムエンジニアになるなんて、縁が遠い気がしますよね。正直に言うと情報の単位を落とした記憶もあります(笑)。
しかし、システムエンジニアになるきっかけになったのは大学生のときの経験がきっかけなのです。

大学入学後、海外に興味があった私は、世界中に支部のあるアイセックという海外インターンシップのサークルに入りました。
入って数ヶ月、東京でアジア地域の国際会議が開かれると聞き、参加してみると、そこには東アジア地域から来た沢山の学生たちがいました。日本の大学からも沢山の学生が参加しており、総勢100名以上いたでしょうか。異なる価値観や様々な文化に触れ、とても刺激を受けた私は、その数か月後にはナイジェリアに向かっていました。今度はアフリカでの国際会議に参加するためです。

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卒業後の生活 -国際9期生 浅野優子さん【卒業生リレーエッセイ(A-11)】

安田さんよりバトンを受けとりました、国際文科学科9期生の浅野優子です。
大学での5年間(大学が好きすぎて1年多く通いました(笑))は、講義やゼミ、交換留学や海外インターン等を通じて、海外への関心をより広げてくれた時間だったと思います。

卒業後は、金融機関に勤め、早くも8年目に突入した現在は、出向先の金融機関で働いています。

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一之瀬の思い出 -国際9期生 安田さやかさん【卒業生リレーエッセイ(A-10)】

こんにちは。国際文化学科9期生の安田さやか(旧姓:木藤)です。

野村ゼミの同級生の原田さんよりバトンを受け取りました。遅くなってしまい、大変申し訳ありません。

私は残念ながら野村先生の最終講義に出席することができなかったのですが、原田さんのエッセイを通じて講義の様子を知ることができてとても嬉しく思います。

私は、大学卒業後に旅行会社に就職し、その後結婚・出産を機に退職をして、現在は3歳の双子(男の子)の育児に専念しています。家事とわんぱくな双子の育児に追われる毎日ですが、ふとした瞬間に大学時代のことを思い出す瞬間もあります。

例えば、最近あったできごとを少しお話します。ちょうど原田さんからエッセイのお話をいただいた日に、たまたまご近所の方から「こごみ」という山菜をいただきました。緑色でくるくるっと先が丸まっている、かわいらしい形の山菜で、天ぷらにするととても美味しいです。その「こごみ」を私が初めて食べたのは、大学3年生の時に、山梨県甲州市の一之瀬という小さな村にフィールドワークで訪れた時のことで、それまで「こごみ」なんて聞いたこともなかったのですが、その天ぷらの美味しさに他のゼミ生ととても感動したのを覚えています。

でも普段名古屋のスーパーでこごみを見かけることはまずないので、今回幸運にも数年ぶりに再会できた旬のこごみの天ぷらを味わいながら、一之瀬で私たちのフィールドワークに協力してくださった人たちの事、自然豊かな一之瀬の風景、そして一之瀬の人たちとの暖かな交流を思い出していました。数年前のことですが、一之瀬でフィールドワークをしたことは今でもよく覚えていて、当時のフィールドワークの様子をまとめたレポートを読み返したりもしつつ、「あれから一之瀬の人たちはどうしているのかな」と思いを馳せながら、今このレポートを書いています。野村ゼミでお世話になっている間、フィールドワークを通して様々な人と交流ができ、私の人生の中でもとても貴重な経験だったな と思います。

次は、野村ゼミ繋がりで、一緒に一之瀬を訪れた同級生の浅野優子さんにバトンを回します。よろしくお願いします!

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写真は我が家のわんぱくツインズと最近水遊びに行った時のものです。こごみの写真があると良かったのですが、気づいた時にはもう食べ終わっていました・・・笑

野村直樹先生最終講義 -国際9期生 原田友恵さん【卒業生リレーエッセイ(A-9)】

人文社会学部国際文化学科9期生の原田友恵です。
2年生の後期から野村直樹教授のゼミで勉強させていただきました。

そのご縁でこのホームページでも告知いただきましたように
2/13(土)に行われた野村先生の最終講義に参加しました。

先生の退官の知らせを聞き、月日が経つのは早いものだと驚きを隠せませんでした。

卒業以来訪れていなかった山の畑キャンパスは
当時と変わらずきれいな校舎でしたが
人社棟などの校舎に1号館、2号館と名前がつけられており
在学中と変わった部分もみられました。

講義は大教室が満席となる盛況ぶりで、
多方面から大学の先生や学生、卒業生が参加しており、
そこからも野村先生のこれまでの功績がうかがい知ることができました。

講義内容は大きく分けて前半は、主に自分も在学中に野村先生が研究されていた内容で
キューバ音楽の演奏などもあり、懐かしさと久しぶりに先生の講義を聞けたというワクワクで
胸がいっぱいになりました。

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一般的な大学の講義とは異なり、野村先生のお話の間に
聴衆の中にいらっしゃった、研究内容と関わりのある様々な先生方にマイクが向けられ
野村先生以外の人もたくさんしゃべるという、いつものスタイルで講義が進められたのもまた
私にとってはとても懐かしく感じられ、「これこれ」と一人心の中でつぶやき
久しぶりに先生の講義を聞けたという嬉しさをかみしめていました。

後半はE系列など私が卒業後に研究されていた内容になり、
初めて聞くことばかりで前半とは違うワクワクに胸が躍りました。
物理学や薬学の先生にもマイクが向けられ、理系分野にまで研究内容が進出していて
野村先生も「僕もこの分野はまだ勉強し始めたばかりなんです」とおっしゃっており、
最終講義にして改めて野村先生の研究に対する貪欲さをひしひしと感じられ、感嘆するばかりでした。

そして最後は谷川俊太郎の「生きる」という詩を
マイクを回して数行ずつ様々な人に読んでもらいました。

「生きているということ

いま生きているということ

それはのどがかわくということ

木もれ陽がまぶしいということ

ふっと或るメロディを思い出すということ

くしゃみをすること

あなたと手をつなぐこと

…」※

その後参加者それぞれの“生きる”とは、を聞いて周りました。

生きているということ、それは「息をすること」
「今先生の講義を聞いているということ」
「明日会社に行くのが面倒くさいなと思うこと」などなど
百人百通りの“生きる”とは、が聞け、
自分にとっての“生きる”とは、を考えるとともに
野村先生の研究分野である文化人類学の原点のようなものに気付かされ
とても心温まる締めくくりでした。

次は同じ野村ゼミで勉強した同級生の木藤さやかさんです。
よろしくお願いします。

※「谷川俊太郎詩集」(ハルキ文庫)参照

ちびのミイとの対話 -人間10期生 服部裕規さん【卒業生リレーエッセイ(B-15)】

「とびらはあけてやらないぞ」と、ムーミントロールは言って、だしぬけにちびのミイの目を見つめました。その目はとても楽しそうで、いたずらっぽく、あんたの秘密なんか、みんな知ってるわよ、とでも言いたそうでした。それで、むしろムーミントロールは、気がらくになりました。(トーベ・ヤンソン著 『ムーミンパパ海へ行く』より)

ちびのミイ 1このエッセイは、ムーミン・シリーズに登場する
「ちびのミイ」との対話*でお送りします。
何故かって?
「会話するのにいちいち理由なんていらないわよ」
そういうことです。

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健康第一-人間8期生 曽根(旧姓:林田)明子さん【卒業生リレーエッセイ(B-14)】

人間科8期生曽根(林田)明子です。
オケ部の後輩、瀬戸口さんよりバトンを受け取りました。
3月末に第二子を我が家に迎えてから、季節は酷暑と騒がれた時期を過ぎ、夜は虫の音が聞こえ始めました。暑さ寒さも彼岸までといいますが、要するに、非常に長々と間をあけてごめんなさい、ということです。

 

私は、2005年に人間科に編入して、心理(久保田ゼミ1期生)の勉強をさせてもらってました。卒業後は児童福祉のお仕事に携わり、出産を機に退職、現在は2児の母で主婦、一日いちにちを大切に且つ必死に、家事育児に専念しております。

大学時代は、おせとさんが触れていたようにオケと楽器に没頭し、部室の住人なんていう不名誉な呼び名をつけられたり、学科でも4階検査室に入り浸り、「検査室の(匂いのきつい)カップ麺のひと」という称号をもらって、お前ベランダで食え!!と怒られたりしていました。
どうやら棲みつき癖があるようです。
振り返ると非常に不健康でひとに誇れるものではないですが、あのときを一緒に過ごした学友や部活の仲間たちは、会う機会は減ったものの、結婚して子どもを持った今でも繋がっていて、本当に中身の詰まった2年間だったなあと感じます。

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